レゲエを世界に広げたJimmy Cliffから学ぶ 人生の素晴らしさ。
By FEEL ANYWHERE
2022.07.05
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2022.07.05
カリブ海に浮かぶジャマイカで生まれたレゲエ。秋田県ほどの大きさの小さな島で生まれたこの音楽は、いまではアフリカ、北米、南米、ヨーロッパ、中東、オセアニア、そしてこの日本と世界中に拡散し、それぞれの地域や国に溶け込み人々を魅了している。ロックやポップス、ヒップ・ホップなど様々な音楽ジャンルでもレゲエは取り入れられ、私たちは無意識の中で、そのリズムを耳にしているはずだ。それほどまでに世界中で受け入れられている音楽がレゲエなのだ。
このレゲエを世界的に広めたジャマイカ出身の二人のアーティストがいる。その一人は多くの人に知られているボブ・マーリー。レゲエが持つ音楽の力でジャマイカ国内の内戦を止めたり、世界中のアーティストに影響を与えたり、あるいは36歳という若さで亡くなってしまったことも含め、レゲエの神様と呼ばれ、伝説的なアーティストとして聴き継がれている。
しかし、ボブ・マーリーがメジャーデビューする前に、レゲエという音楽を世界に知らしめたもう一人のアーティストがいたのを知っているだろうか。そのアーティストの名前はジミー・クリフ。現在74歳のジミー・クリフがデビューしたのは1962年。奇しくもこの年の8月6日にジャマイカは、300年近くにも及んだイギリスの統治から脱し独立を果たすことになる。ジミー・クリフはレゲエというジャンルが確立する前から音楽活動を始め、ジャマイカの音楽シーンを支えてきたのはもちろん、世界にレゲエを広めるきっかけを作り、ジャマイカの歴史とともに歩み続けるアーティストであることは間違いない。
Many Rivers To Cross -ジミー・クリフ-
※1976年の貴重なジミー・クリフのパフォーマンス映像。
1978年にはレゲエのジャンルのアーティストとして初の日本公演を開催。その後もたびたび来日し、大規模イベント「ジャパンスプラッシュ」(1999年)や、「GREENROOM」 (2018年)ではヘッドライナーを務めるなど、ここ日本においても絶大なリスペクトをされている存在がジミー・クリフなのだ。
それでは、このレゲエやジミー・クリフに関するイントロダクションはここまでとして、レゲエという音楽ジャンルが生まれ確立していった1960年代から70年代にかけて、彼が果たした功績を紹介していこう。
1948年にジャマイカ北部のソマートンに生まれ、小さい頃からスカ(レゲエのルーツとなる音楽)に親しんでいたジミー・クリフ(以下 ジミー)。彼がまだ14歳だった時に、後にボブ・マーリーもプロデュースしたレスリー・コングに見出され 「Hurricane Hattie」でデビュー、この曲がジミーの長いキャリアの出発点となる。その後ジャマイカ国内でコンスタントにヒットを放ち、スカ時代のジャマイカ音楽において一躍注目を集めることになる。
Hurricane Hattie -ジミー・クリフ-
※「Hurricane Hattie」は声があどけない14歳のジミーのデビュー・ソング。
そんな中、ジミーは1964年にニューヨークで開催された世界博覧会のジャマイカ代表の一人に選ばれる。そこではジャマイカの音楽カルチャーを世界中に紹介する大きな役割も担うなど、早くも世界への架け橋となる存在になり始めていた。また同じ年にはキングストンのクラブで撮影された短編プロモーション映画「This Is Ska」に出演。プリンス・バスター、チャーマーズなどの著名アーティストに並び、力強いパフォーマンスを披露。ジミーはますます存在感を強めていった。
このことがきっかけとなり、ジャマイカ音楽を世界へと紹介していこうと考えていた音楽レーベル〈アイランド・レコード〉からジミーは声をかけられる。そして60年代中盤から後半にかけて、本格的な世界的活動を展開していくことになる。また同じ頃にはジャマイカの音楽に変化が起き始める。スカはどんどんBPM(音楽のテンポ)が速くなっていき、その反動から従来のスカのBPMの半分ほどになる緩やかなロックステディが登場。さらにスカとロックステディから発展した、いわゆるレゲエへと進化していく。ジャマイカ音楽が多様化していく、まさにその時代の真ん中にいたのもジミーだった。
1982年、ニューヨークでパフォーマンスするジミー・クリフ。Photo:Ebet Roberts/Redferns
活動の場をロンドンに移したジミーだったが、華々しい生活がすぐにスタートしたわけではなかった。1967年にファースト・アルバム『Hard Road to Travel』を発表するまでに、実に2年の時間を要さなければならなかった。直訳すると「旅は困難な道」という意味のこのアルバムは、陽気なリズムでありながら、ジミーがイギリスに行くことを決意してからの苦労が歌われている。のちにジミーはその時のことを次のように語っている。
“大陸への海峡を何度も渡った。
大抵の場合はフランスだが、時にはドイツへだったり。
非常に欲求不満が溜まる時期だった。
そして大きな希望を抱いてイギリスに来たけれど、自分の希望がしぼんでゆくのを感じていたんだ”
※The Telegraph (2018年11月22日)より
ようやくメジャーでのキャリアをスタートしたジミーは、3rdアルバム『Jimmy Cliff』(1969年)をリリース。その後の活動の原点となったアルバムだ。シングルカットされた「Wonderful World, Beautiful People」はタイトルが表すように〈お互いを愛し合うことを学べば素晴らしい世界を築ける〉という普遍的な愛をテーマに、ソウルフルに歌い上げている。レゲエを初めて全英総合6位にチャートインさせ、ようやくジミー・クリフという名前とレゲエ・ミュージックをイギリス中に知らしめることを叶えた。さらにアメリカでも全米25位までチャートを駆け上っていった。
Wonderful World, Beautiful People -ジミー・クリフ-
同時にこの時期、レゲエは植民地主義や社会、政治、格差問題などへの批判や反抗をテーマとするものが多くなっていく。これはジャマイカ国民の90%以上がアフリカからの黒人奴隷の子孫たちであり、これまでの差別や抵抗の歴史を見つめ直すムーブメントがレゲエと重なっていったと言える。また独立をしたものの、ジャマイカは経済的には未だ貧しい国であった。
このアルバムの中で「Wonderful World, Beautiful People」では〈無償の愛〉を歌いながら、「Sufferin’ In The Land」では、愛だけではどうすることもできない〈地上の苦しみ〉を歌っている。ジミーもまた、資本主義社会の中で裕福な人はより裕福に、貧しい人はより貧しくなる構造に疑問を持ち始めていた。それをジミーは歌を通じて人々に訴えようとするアクションを始めるのである。
Sufferin’ In The Land -ジミー・クリフ-
しかし、重いテーマであるにも関わらず、レゲエのメロディは実に陽気だ。このアルバムに収録されている「Vietnam」も、メロディだけを聴いていれば実に気持ち良いトロピカルソングなのだが、歌詞を紐解けばベトナム戦争をテーマにした反戦歌。心地よいメロディを通じて、社会の矛盾や問題を投げかけていくのがレゲエの奥深さだ。そして「Vietnam」は、あのボブ・ディランが「今までに聴いたいたことの無い、素晴らしい反戦歌」と評しているほど、音楽史に名を刻む曲になっていく。
Vietnam -ジミー・クリフ-
※1994年の大規模音楽フェスティバル「Woodstock」でのパフォーマンス。
ジミーはアルバム『Jimmy Cliff』で魅力的なレゲエサウンドを通じて、ジャマイカの現状や戦争反対の意思を打ち出し、多くの人たちを魅了していった。
ジミーの名前をさらに世界的なものへと押し上げたのは、1972年に公開されたレゲエ映画の傑作「ハーダー・ゼイ・カム」だ。この映画はジャマイカで制作された初の長編映画で、歌手として富と名声を得るため田舎からキングストンに上京してくる若者・アイバンをジミーが演じ、まるで10年前のジミー自身の苦難と照らし合わせるかのようなストーリーとなっている。おそらく映画の前半はジミーの半自伝的な話なのだろう。そしてジャマイカがカリブの楽園としてリゾート開発され繁栄していく一方で、一歩街を出るとスラム街が広がる当時のジャマイカの様子も映し出すなど、世界中にジャマイカを知らしめた映画として注目を浴びた。機会があれば、是非見て欲しい映画だ。
映画『ハーダー・ゼイ・カム』予告編
映画は世界的に大ヒットし、歴代のレゲエの名曲とジミーの楽曲を多数収録したサウンド・トラック『The Harder They Come』も、レゲエのレコードとしては空前の大ヒットとなり、レゲエを世界基準へ飛躍的に押し上げた大きなきっかけとなった。アルバムに収録された「The Harder They Come」「Many Rivers To Cross」「You Can Get If You Really Want」など、永遠のレゲエ・クラシックとして現在も幅広いリスナーから愛され続けている。
The Harder They Come(スタジオセッション映像)
※Tシャツのダビデの星のプリントは映画の象徴となった。
小さな貧しい国で生まれたレゲエが、いまでは世界中のポピュラー音楽になっている原点は、間違いなくこの映画であり、このアルバム『The Harder They Come』だ。まさに1970年代初頭のジミーは、まるでボブ・マーリーの原型のような存在だったと言える。
そしてこの映画が公開された翌年、ボブ・マーリーがメジャーデビューするのである。
アルバム『Jimmy Cliff』に初出され、『The Harder They Come』にも収録された「Many Rivers To Cross」は、ジミーの曲としては珍しくオルガンを使用したり、バッキング・ボーカルでゴスペル感を強めるなど荘厳なメロディが印象的だ。直訳すると「渡らなければいけない多くの川」という意味のこの曲は、〈人生には様々な困難があって、時には途方に暮れてしまうけれど、固く自分の意志を持って、その川を渡っていこう〉と訴えている。ジミーがイギリスで成功しようと奮闘していた時、自分の気持ちを奮い立たせる姿を想像させられる歌だ。
Many rivers to cross -ジミー・クリフ-
※イングランドのピルトンで開催される大規模フェス「グラストンベリー・フェスティバル 2003」のパフォーマンス
ジミーはメディアのインタビューで当時をこう振り返っている。
“イギリスに来た時、まだ10代だった。
元気いっぱいで、ビートルズやストーンズと肩を並べるぐらいの勢いでやって来た。
だけど実際にはそう言う風には進まず、クラブ・ツアーをしていたけど突破口がなかった。
仕事、人生、アイデンティティに苦しんでいて、自分の居場所を見つけられず、欲求不満が歌の燃料になっていたんだ”
※The Telegraph (2018年11月22日)より
ジミーだけでなく、誰にでも訪れる人生における厳しい時期。この歌はそんな時を共にしてくれるからこそ、人種や世代を超えて多くの人に愛され続けるのだろう。のちにジョン・レノンや、ジョー・コッカー、UB40、ブライアン・アダムズなど数々のアーティストにカバーされることになった不朽の名曲となるのも頷ける。
映画「ハーダー・ゼイ・カム」のオープニングは、ジャマイカの街に主人公アイバンの乗ったバスがやってくるシーンから始まる。そのバックに流れているのが「You Can Get It If You Really Want」。
“You can get it if you really want
But you must try, try and try
Try and try –
you’ll succeed at last
君が本気で望むなら、手に入れることができる
でも頑張らなくちゃだめだ 何度でも 何度でも
そうしたら 最後は上手くいくさ”
確かに希望を抱く若者のシーンにぴったりで、まるで応援歌のようだ。ただ歌詞に目を通していくと単なる応援歌ではなく、〈迫害があっても 最後には必ず勝利するんだ〉という当時のジャマイカの人々の想いが詰め込まれていることを感じるだろう。
“Persecution you must bear
Win or lose you got to get your share
Got your mind set on a dream
You can get it though hard it may seem now
迫害を受けても耐えるんだ
勝とうと負けようと分け前はしっかりもらえ
夢を見つめて目を離すな
必ずやり遂げられるさ
今は難しいと思えたとしても”
You Can Get It If You Really Want -ジミー・クリフ-
しかしシンプルな言葉で綴られた「You Can Get It If You Really Want」から受けるパワーは不変だ。肩の力を抜いてこの歌詞を口ずさめば、いまの時代に生きる人もポジティブな力が湧いてくることを感じるだろう。時代や国が違っても、レゲエの力強さは変わることはないのだ。
2005年、スイスでパフォーマンスするジミー・クリフ。Photo:Lionel FLUSIN/Gamma-Rapho.Getty Images
プレイリストには本文では触れることができなかった曲を含め12曲を紹介している。それぞれの曲の歌詞を繋ぎ合わせていくと、誰もが経験する希望や挫折などが浮かび上がり、まるで人生への賛歌という大きなストーリーが生まれてくる。
ようこそ我が人生に! あなたが私の人生に必要だ!
「Come in to my Life」※楽曲タイトル(以下同様)
お互いを愛し合うことを学べば素晴らしい世界を築ける
「Wonderful World,Beautiful People」
でも地上には苦しみが多い
「Surfferin’ In The Land」
強く出るヤツほど簡単に倒されるもの
誰でもそんなもんさ、行く手を阻むものは誰も容赦しない
「The Harder They Come」
さようなら愛する人
人生いろいろあるけれど、これからも応援している
「Wild World」
そうさ
越えるべき河は沢山ある
でも俺には進むべき道が見つかりそうにない
「Many Rivers To Cross」
これから先、一体何が起こるのか…
心の準備はもう出来ている
長いこと大切にしてきた友情をあっさり捨てて
俺はひとり自分の道を行く
「Sitting in Limo」
幸運が訪れるのを待っているだけじゃ人生終わってしまう
遅かれ早かれ立ち上がらないと時間がなくなる
「Sooner or Later」
険しい道のりになることはわかっている
でも後戻りはしない意思は固いんだ
「Hard Road To Travel」
本気で望むなら、頑張れば必ず手に入れることができる
「You Can Get It If You Really Want」
きれいな青空と太陽が見える
暗雲は消え去り、これからは明るくなるんだ
「I Can See Clearly Now」
これからはすべてうまくいく
昨日よさよなら!今日よ、ようこそ!
「Good Bye Yesterday」
ジミーがいたからこそ、レゲエがこれほどまで多くの人々に愛されることになったのではないか?そして辛いことも陽気に歌い上がるそんなことを思わずにいられない。
Children -ジミー・クリフ-
※ジミーの長いキャリアから辿り着いた穏やかな姿を感じることができるミュージックビデオ
最後にその後のジミーの功績を簡単に紹介しておく。
映画「クール・ランニング」(93年)のテーマ曲「I Can’t See Cleary Now」や、映画「ライオン・キング」(95年)のテーマ曲「Hakuna Matata」のヒットを放ち、グラミー賞を2度受賞している。また世界各地の数々の大規模なレゲエイベントやサーフ・ロック系イベントのヘッドライナーとしてステージに登場してきた。
そしてその活動は現在も衰えていない。世界的なパンデミックの中、2021年のジャマイカ独立記念日には久しぶりの新曲「Human Touch」をリリースするなど元気な姿を見せてくれた。そして今年のジャマイカ独立60周年記念日に合わせて、10年振りとなるスタジオレコーディング・アルバム『Bridges』のリリースが決定している。まさにジャマイカの歴史とともにレゲエを歌い続ける〈生ける伝説〉がジミー・クリフなのだ。
Human Touch (Official Video) -ジミー・クリフ-
いままで、馴染みのなかったジミーやレゲエも視点を変えて聴くと、深く胸に迫り、違った聴き方を発見できるのではないだろうか。陽気なリズムの中にも、生きるヒントになるメッセージが散りばめれたレゲエ。皆さんも共感できる歌を見つけて、一人一人のフェイバリットソングにしてみてはいかがだろうか。